「はぁ……、今日の魔法実習も厳しかったわね……。一日中精神を集中してたから疲れちゃった……」 そういうとアンナちゃん、自分のベッドに倒れこんじゃいました。 「そうですね……。クラスの中でいまだに精霊さんたちを上手く制御できないのって、若菜たちくらいですからね……」 若菜も疲れちゃってましたから、ベッドに座ってアンナちゃんのお隣で寝転んじゃいました。クラスのみんながどんどん魔法を成功させる中、若菜たちだけがなかなか上手く精霊さんたちを操れなくて、いつも魔法を失敗しちゃったり、暴走させちゃったりしています。 若菜がそんなことを考えていると、ベッドに座ったアンナちゃんが声をかけてきました。 「ねえ……若菜……」 「どうしたんですか、アンナちゃん?」 見るとアンナちゃん、寂しそうな、少し思いつめたような顔をしていました。 「……わたしたち……、本当にここにいていいのかしら……?」 Nostalgia(郷愁) 「えっ……? ア、アンナちゃん、今、なんて……?」 若菜はアンナちゃんが言った事が信じられなくって、ベッドから跳び起きてアンナちゃんに訊き返しました。そうしたらアンナちゃん、ますますうつむいちゃって…… 「……最初は、お兄様と違ってなんでわたしたちだけが魔法なんて使えるのか、ここでその理由を見つけて、魔法を教わって、何かお兄様の役に立てればいいな、って思ってた。だけど本来、わたしたちが住んでいる世界に魔法なんて必要ない。そんな世界に魔法が使えるわたしたちが戻って、何か役に立てるの? お兄様は本当にわたしたちの魔法なんて必要としているの? 魔法なんて必要ないなら、もうこんな生活やめてお兄様の許に帰りたいよ……」 「アンナちゃん……」 アンナちゃんの瞳からは、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれていました。やっぱりアンナちゃんも、若菜とおんなじことで悩んでたんだ、ってわかったら、アンナちゃんには悪いですけどなんだか少しだけほっとしちゃいました。でも…… 若菜は、若菜が困っている時にいつもアンナちゃんがしてくれるように、胸にそっとアンナちゃんの頭を抱き寄せました。いままで若菜がアンナちゃんにこんなことしてあげたことなんてなかったから、少しだけドキドキしちゃいます……。 「でもね、アンナちゃん、魔法を使える理由を探すっていう夢を捨てて戻って来た若菜たちを、お兄ちゃんは受け入れてくれるでしょうか?」 「……えっ?」 「たしかにクラスの中でまだ精霊さんたちを上手く制御できないのは若菜たちくらいですし、若菜たちにはほかの皆さんみたいに『世界一の魔法使いになる』とか、『宮廷魔術師になる』なんて夢はないですけれど、若菜たちの魔法でお兄ちゃんやお友達が喜んでくれたり、幸せになれるのならば、それでいいじゃないですか」 「若菜……」 「お友達を喜ばせたい、幸せにしたいっていうアンナちゃんの気持ちに、精霊さんが応えてくれたからこそ魔法は成功したんだと思います。そうじゃなきゃ、四大精霊のシルフィードさんが若菜たちのお願いを聞いてくれるわけないですもん」 「…………うん、そうよね、ありがとう、若菜」 指先で涙を拭ってにこっと微笑んでくれたアンナちゃんのお顔は、まるで雲の隙間からのぞくお日様のように晴れ晴れとしていて。 「やっぱり それからアンナちゃん、若菜の上頬にチュッってキスをしてくれて……。若菜が瞳を開いた時には、若菜のお隣でしなやかな身体を思いっきり伸ばしてました。 「う〜ん……、なんだか久しぶりにお兄様のことを思い出したら、お兄様に会いたくなっちゃった」 「そう……ですね」 最近、アンナちゃんも若菜も学校でのお勉強が忙しくてお兄ちゃんに会いに行くどころか、お手紙も書いていません。よく考えたら、こうしてアンナちゃんと、お兄ちゃんのことをお話しすることも少なくなっています。 「お兄ちゃん、若菜たちのこと、憶えててくれてるかな……?」 若菜たちはこうしてときどきお兄ちゃんのことを思い出しますけど、お兄ちゃんは、ときどきでもアンナちゃんや若菜のことを思い出してくれてるのかな……? そういうとアンナちゃん、そっと若菜を抱き寄せてこう言ったんです 「大丈夫よ、若菜。優しいお兄様のことだもの。夢を追いかけている可愛い妹たちのことを忘れるわけないわ」 「そう……ですよね」 「もう少ししたら、お兄様もわたしたちも長いお休みに入るから、そのときにお兄様に会いに行きましょう」 「はいっ♪」 若菜が返事をすると、アンナちゃんも満足そうに微笑んでくれました。 「それじゃあ、お兄様にお手紙を書きましょ。若菜も何か、お兄様に伝えたいこととかある?」 「あっ、はい」 「それじゃあ、別々にお手紙を書いて、一緒に送りましょう」 「わかりました。それじゃあ書き終わったら持ってきますね」 * * * 「若菜、お手紙書けたかしら?」 アンナちゃんが若菜のお部屋に入ってきたのは、ちょうど若菜たちがいつもおフトンに入る時間でした。そのときにはもう若菜もお兄ちゃんへのお手紙を書き終わっていて…… 若菜が水色の便箋をアンナちゃんに手渡すと、アンナちゃんはピンクの封筒の中に若菜の便箋を入れて、ハートのシールで封をしました。それから、封筒にチュッってキスしたあと、若菜に向かって微笑みながらこういいました。 「それじゃあ、今からお兄様に届けに行きましょ」 「えっ、今から……ですか?」 「そう。この前みたいに魔法で、ね?」 そう言ってイタズラっぽく微笑むアンナちゃんを見ていると、若菜はいつも――「きっとうまくいくんだ」って自信が何処からともなく沸いてくるんです。 それから二人で天窓から屋根の上に出ると、そこには満天の星空が広がっていて、冷たい夜風が若菜たちの身体を包み込みます。でも、なんだかそれも、今の若菜には心地良くて…… 「それじゃあ若菜、始めるわよ」 「はいっ♪」 ゆっくりと目を閉じて、心の中を穏やかに保ちます。 空っぽになった心の中に静かに水が注がれていくような、次第に体がすーっと透き通っていくような、不思議な感覚が身体を満たして── 祈りを捧げるように若菜が呪文の詠唱を始めると、同時にアンナちゃんの声が、若菜の心に直接、響いてきました。 『――Fiat firmamentum per Elohim. Fiat verbum halitus meus.Invocare tibi,Conventus Sylvorum.』 若菜たちの想いを紡いだ呪文は、やがて歌となって風に舞い── 『風の短剣に息吹を乗せて吹く、東の風の門から黄色の光が伸び、風を運ぶ』 (アンナちゃんの 若菜も聞き惚れちゃうほどキレイな歌声に惹き寄せられるように、風の乙女たちが一人、また一人と若菜たちの周りに集まってくるのが気配でわかります。 爽やかな空気の中、若菜がゆっくりと目を開けると、隣にいたアンナちゃんも、薄目を明けて風の乙女に優しく微笑みかけていました。 『おねがい、わたしたちの想いの詰まったこの手紙を、お兄様の許へ届けて欲しいの』 アンナちゃんが 『この想い、お兄様/お兄ちゃんの許へ、届け──!』 Fin. |